調馬索は騎乗前の準備作業として、また、あらゆる状況下における矯正手段としてとても有効です。我々が調馬索を行う場合、大きく分けて次の4種類の馬に対して用いられます。すなわち、若馬、古馬、矯正馬、病馬です。
[1]若馬
若馬においては、装鞍した際に背を張ったり、騎乗後騎手の負重に対して苦痛を感じて跳ねたりするため、前もって調馬索にて馬の心身をほぐすために用います。
若馬というものは、自分自身で動く場合は自らのバランスで自由に動けるものですが、鞍や人間の負重を強いられると、それまでの自らのバランスが崩れ、違和感を持つものです。そのため、前もって調馬索をおこなうことは、馬の心身をほぐすのにとても有効で、その後の装鞍、さらには騎乗を容易にします。また調馬索を通して、人馬間の親睦を図るのに大変役立ちます。そのほか、調馬索というものは輪線運動であるため、馬体の柔軟、特に肋の柔軟に効果があります。しかし反面、無理な調馬索は若い馬にとって四肢または後躯に負担がかかるので、十分注意して行わなければなりません。若馬に対する調馬索の最大の目的は、人馬間の親睦を図ることと、輪線運動に慣らすこと、そして馬体の柔軟を図ることです。
調馬索を行う時間は約20分で、頻繁に手前変換をするほうが良いです。若馬に対して20分以上の調馬索を行うことは、馬の四肢をかなり疲労させるので注意をしましょう。また、頻繁に手前変換を行うことは、左右の馬体をほぐすのに効果があり、それによって馬は両手前の動きになれることができます。
[2]経験馬
経験馬の中には、弾発の失われた馬や背の弱い馬などが含まれますが、調馬索によって新たな弾発の回復が得られ、また背に対する負担も和らげられ、さらには歩様の改善にも効果があります。
馬は長時間騎乗されると、多かれ少なかれ背または腰などに疲労がでてきます。前もって調馬策で馬体をほぐすことは、その後の騎乗を円滑の進めることにつながります。すなわち、調馬索作業によって馬の背はほぐされ、馬は比較的無理なく騎手の負重および扶助操作に従うことができます。
もし馬が自分自身の身体のどこかに痛み(跛行以外のもの)を感じていた場合、騎乗後即座に騎手の要求に従うことは、そのような馬にとってはかなり苦しいものになります。だから、騎乗前に調馬索を行うことは、馬の精神面および肉体面から考えても有効です。
しかし、もし騎手がその苦痛の原因を知り、それを少しでも和らげてあげられたら、馬は騎手の要求に対して快く従ってくるでしょう。そのような意味でも我々は馬の状態を良く把握し、調馬索を利用することは有効です。そのほか、調馬索にてキャバレッティ作業および障害飛越作業を行うことも可能です。
このような作業を通して、短節な歩様を示す馬もその歩幅を大きくすることができ、さらには新たな弾発も回復されてくるでしょう。また調馬索による障害飛越も飛越調教の一手段として有効です。
調馬索を行う時間は約40分とします。経験馬の場合、若馬に比べ体力があり、また調馬索に対してもすでに慣れているので、これくらいの時間は可能です。しかし、あくまでもそれぞれの馬の状態に応じて時間を短縮または延長するべきです。
[3]矯正馬
矯正馬の中には不良体型のものが含まれる。たとえば、鹿首の馬、背をそらす馬、首が短く硬直している馬などです。その他、緊張して物見をする馬などにも効果的です。これらの馬は騎乗に際し頭頸の前方下方への低伸が難しく、また内方姿勢をとるのが難しいことがあります。これらの多くの原因はほとんど不良体型や精神的緊張からくるものなので、調馬索を通して矯正した方が有効です。矯正手段として補助道具を用いて行うことができます。
補助道具には、サイドレーン、シャンボン、折り返し手綱などいろいろあります。矯正馬のほとんどは、頭頸の低伸および内方姿勢の確立に欠けているので、主にサイドレーンまたはシャンボンなどを利用します。
サイドレーン使用の場合は、主に内方姿勢の確立にその目的があります。馬というものは一般的に左右不均等で左右のいずれかが内方姿勢が容易にとれないことがあります。その場合、不得意な手前の内方サイドレーンを基準より少し短くし、外方サイドレーンはいくらか長めに装着する(外方肩が屈折しない程度)。そして、多少小さな円にて馬のテンポを乱さないようにしつつ、馬が内方サイドレーンに対して譲るまで旺盛に推進する。そのためにも調馬索手は馬をより外方にしっかり押し出すようにします。
そうすることによって外方手綱に馬が出て来るようになると、馬は内方のサイドレーンに対して譲りを示してきます。
そのほか、ハミに対抗したり、または頭をどうしても下げない馬に対しては、一本のサイドレーンを馬の両前肢の間から腹帯に装着し、留め金の方は水勒固定革(水勒の両環をおとがいくぼの下側で固定した環つき革)の環にとめて推進します。
またはシャンボンを利用して頭頸の低伸を求めることも可能で。シャンボンの効果は、後肢の踏み込みによる背の盛り上がりと頭頸の低伸にあり、顎の譲りには多少難がある馬には有効です。主に顎の譲りを求める場合はサイドレーンの方が良いでしょう。
しかし、これらの補助道具はあくまでも補助道具であり、決定的なものではありません。馬によって、それらの補助道具を理解する場合と理解しない場合があります。騎手は、それぞれの馬の状態をよく判断し、的確な補助道具を選択し使用するべきです。矯正馬に対する調馬索は特に難しく、かなりの危険性を伴っているので、入念な配慮のもとに旺盛な推進を行う必要があります。
そして最も注意すべきことは、絶対に馬を後退させないということです。補助道具を装着しての調馬索の場合、馬は苦痛から逃れようとして後退という動作に移り、さらには立ち上がって倒れるということがあります。そうすると馬は補助道具で頭頸を固定されているため、頭または首の骨を折るという危険性が生じます。それ故、馬に補助道具を装着する場合、徐々にその補助道具を馬に慣らしていかなければなりません。補助道具を用いた調馬索を行うのは熟練者に限り、初心者は避けた方が良いでしょう。調馬索を行う時間は約40分とします。しかし、矯正馬に対する調馬索の時間はあくまでも馬の状態に応じて考えるべきで、過度の調馬索は、かえって馬を疲労させるので避けるべきです。調馬策を長くやりすぎた場合は、騎乗を避けて調馬索のみにした方が良いでしょう。
[4]病馬
病馬においては、保健運動または再騎乗に備えての準備運動として用いられます。鞍傷のある馬や口内炎をおこしている馬(カブソン使用)などの場合は、保健運動として用いられます。しかし、四肢に故障のある馬の場合は調馬索を行わない方が良いでしょう。また、たとえ回復していたとしても、何かの拍子に肢をひねったりして再び跛行したりすることがあるので、そのような場合はむしろ引き馬をした方が無難でしょう。
病馬に対して行う調馬索の時間は、約20~40分とします。特に長い間休養していた馬を調馬索するときは、初め元気がよいので十分注意し、できるだけ跳ねさせないようにします。くれぐれも肢や腰をひねったりすることのないよう注意しましょう。
そのほか、調馬索は騎手の基本姿勢の養成や軽乗にも利用できます。騎手のバランスや姿勢の矯正に
効果があります。鐙上げの練習にも利用できます。
このように、調馬索はあらゆる馬およびあらゆる状況においてその利用価値は高いです。しかしその反面、調馬索は騎乗するのと同じくらい難しいので、よく馬の状態を判断し、騎乗に役立てることが大切です。
調馬索作業に必要な道具は、調馬索(約7~8m)・追いムチ・カブソン頭絡・水勒・調馬腹帯・サイドレーン(2本)・肢巻き・人参などが必要です。
また調馬索用の馬場としては、円形の屋内調馬索用馬場は直径14~18mの大きさが、馬を静かにかつ合理的に実行できます。それ以外には馬場の角を利用することも可能です。この場合、円の開放部に横木や支柱または袖などを利用して馬の逃避を防ぎます。そのほか、円形に俵などを積み重ねて特設の調馬索用馬場を作ることも可能です。このようにして、調馬索に必要な装具および馬場を整えたら、いよいよ調馬策作業に入ります。
初めは、若馬を調馬索する場合ですが、これが最も難しく、最も注意を要します。なぜなら、若馬というものは、装勒にも装鞍にもまた調馬索そのものにもまだ慣れていないので、調馬索を嫌い、しばしば反抗することがあります。そのため、変な膠着癖を示したり、怪我をしたりすることがよくあるので、ほかの馬以上に注意を払って行いましょう。
初めて若馬に調馬索を行う場合、調馬索手のほかに1~2人の助手が必要です。1人の助手は、円内にて馬を輪線上に誘導する役目を担い、もう1人の助手は馬の後方より静かに馬を前方へ追う役目を担います。最初は、馬が調馬索に慣れ、輪線上を静かに落ち着いて行進するまで常歩を続ける。それから徐々に馬を速歩に発進させていきますが、このとき、馬を誘導している助手は、初めは馬と共に走り誘導します。このようにして、常歩―速歩―常歩を繰り返し行い、馬が落ち着いて行進するようになったら、助手は静かに調馬索手 の 方 に 移 動 しま す。
一方、もう1人の助手は絶えず馬の後方にいて調馬索手を補助し、馬が自ら輪線上を落ち着いて行進するようになったら、徐々に円外に退いていきます。そして、最終的に調馬索手のみで調馬索が行なえるようにしていきます。この作業は数回やれば、あとは調馬策手1人でできるようになるでしょう。
調馬索作業において大切なことは、特に若馬や口の敏感な馬に対して直接調馬索を水勒に取り付けることは、馬の口を害したり、悪癖を覚えさせるもとになるので慎重に行うべきです。正しい調馬索の取り付け方は、水勒の上にカブソン頭絡を装着し、そのカブソン頭絡の環に調馬索を取り付けることです。ただし、カブソン頭絡はずれやすく、馬の目を傷つけやすいのでしっかり装着します。もしうまく馬に合わないようなら使用しない方がよく、むしろ無口または水勒でも良いでしょう。
その他注意すべきことは、若馬に対して最初はサイドレーンを用いないことです。馬が調馬索作業に慣れ、正しく輪線上を行進するようになったら、必要に応じてサイドレーンを装着していきます。このようにして馬がサイドレーンに慣れてきたら、徐々にサイドレーンを縮め、馬に輪線上に合った内方姿勢をとり、馬の鼻面が垂直線よりわずかに前方に位置するようにサイドレーンを調節します。この際サイドレーンの内方は外方より2~3穴短くし、馬に正しい内方姿勢をとらせます。しかし、矯正馬に対しては、必要に応じさらにサイドレーンを縮め、確実に内方姿勢をとらせます。また巻き込む馬に対しては、サイドレーンを長めに装着し、活気よく前方へ推進します。サイドレーンの装着位置は、水勒の環と調馬腹帯の環とを同じ高さになるようにします。
調馬腹帯には両側に3個ずつ環がついていますが、真ん中の環に装着するのが基本です。しかし、矯正馬に対しては一番下の環に装着することも可能で、また馬場馬に対して頭頸の屈撓を求める場合は、一番上の環に装着することも可能です。
さて、調馬索作業における調馬索手の扶助操作ですが、左手前の場合、調馬索手は左足を軸にして円の中心に立ちます。そして、左手に調馬索を右手に追いムチを持ち、身体の正面を馬の肩の方向に向けます。しかし、必要に応じて馬の後方に立ち、追うこともありますが、その位置はあくまでも馬の状態に応じて決めます。また注意すべきことは、決して馬の前方に立ってはならないということです。さもないと、馬の前進気勢がうすれ、さらには膠着につながるからです。調馬索は馬の口と同じ高さに保持し、進行方向へ軽く馬を誘導します。そして必要に応じ、いつでも調馬索を速やかに伸ばしたり縮めたりできるようにしておきます。
追いムチは、普通その先端が馬の後方に位置するように保持します(だいたい飛節の高さ))。そして、馬を前方に追うときは、追いムチを馬の腰角の方向へ下方より上方へ上げて使います。しかし、怠惰な馬の場合は飛節の上方に軽く追いムチを当てます。また、馬が内側へ入って来るときは、追いムチを馬の肩の方向へ、下方より上方へ上げて防ぎます。このようにして馬が確実に輪線上を行進し始めたら、再び追いムチは馬の後方に向け、必要に応じて使用します。そのほか、速度を落とすときは、音声と共に調馬索で軽く半減却扶助を与え、追いムチを下方に下げます。
調馬索作業によく慣れている馬は、音声だけでも停止し、また常歩・速歩・駈歩も容易に行います。音声というものは、調馬索手の動作と共に、人馬間の親睦を図るのにとても重要な役割を果します。それによって、後日の作業を円滑に進ませることができます。
停止は必ず輪線上にて行い、不動姿勢をとらせます。そして、手前を変えるときは、追いムチの握り部分を前に出すようにして脇に抱え調馬索をたぐりながら馬の方へ寄って愛撫します。その後、調馬索を反対側に取り付け、サイドレーンの長さを調節して、確実に新しい手前の内方姿勢をとらせます。そして、調馬索手は馬に前肢旋回をさせるようにして手前を変え、再び徐々に馬を輪線上へ誘導します。
調馬索作業において馬に要求する歩度は、活気のある尋常歩度でしっかり歩かせます。若馬においては、初めは駈歩を無理にさせず、速歩までにとどめておきます。しかし、馬が落ち着いて駈歩になったら馬なりにそのまま駈歩をさせておいても構いません。また、馬が正しく輪線上を落ち着いて行進するようになったら、徐々に駈歩も入れていきましょう。
調馬索にて馬の心身をほぐすのが目的の場合は、初め常歩と速歩を繰り返し行った後、速歩駈歩を繰り返し行います。速歩を主体とした場合、常歩(半周)―速歩(1~2周)―常歩(半周)を繰り返し行います。駈歩を主体とした場合、速歩(半周)―駈歩(1~2周)―速歩(半周)を繰り返し行います。このような歩法の変換は、馬の心身を速やかにほぐすのに効果があり、またそれによって馬の前進気勢および弾発が生じてきます。もちろん、調馬索作業の初めは馬によっては落ち着きがなくすぐ駈歩にでる馬もいますが、馬が落ち着いてきたらだんだん騎手の指示通りに動いてくるでしょう。
このようにして、馬はだんだん調馬索作業においても、騎乗しているときと同様に調馬索手の意志を理解し扶助に従うようになります。調馬索は馬を疲れさせるのが目的でなく、騎乗に際しての心身の柔軟性を養い、その後の作業の準備または補足を目的とするものです。調馬索手はよく馬の状態を判断し、適切な調馬索作業を行うことが大切です。
調馬索作業における体重扶助は音声であり、脚扶助は追いムチであり、調馬索は手綱扶助に相当します。基本的には騎乗時の騎手の扶助操作と全く同じです。