これまであらゆるテーマ毎に説明をしてきましたが、ここでは具体的に「若馬の調教」について説明していきたいと思います。ただし、若馬を調教しようとする人はこれまでの各テーマの理解と技術(経験)が必要であることは言うまでもありません。
とはいえ、ある程度の知識と技術があれば、誰でもできることでもあります。もちろん最初は失敗も多々あるでしょうが、その失敗がその人にとって良い経験となることは間違いなく、その失敗を二度と繰り返さないように心掛けることによって進歩を得ることができます。誰しも初めから完璧にできるわけではありません。たとえ上手な人でもその過程において必ずしも順応満帆にきているわけではなく、多少の失敗を繰り返しながら現在に至っているものと思います。しかし、彼らはその失敗を良い経験とし、創意工夫をしながら学習してきています。そのような経験豊富な指導者のもとで正しい知識と技術を身につけることは、とても大切です。そうすることで自分でも馬をだんだん調教できるようになってきます。馬を調教することによって、より高度な技術が得られるようになります。多くのことを経験することが、最終的にはその人の技術を高めることにつながっていきます。
ただし、相手は“生き物”であるだけに、人に接するときと同様の責任感というものが必要となってきます。よくその馬を可愛がり、じっくりと時間をかけて慎重に調教を進めていきましょう。そうすれば馬は騎手の要求をよく理解し、我々と協調して成長していくことでしょう。
騎手の心構え
- 馬事知識:(馬の心理・飼養管理・馬学・獣医学)
- 経験:(騎乗技衛一最低 L クラス 馬場・障害)
- 指導:(指導技術一最低 L クラス 馬場・障害)
- 判断力:(すべてにおける良否の判断)
- 忍耐力:(根気・責任感)
- 展望力:(将来への方向づけ)
- 愛馬心:(馬の気持ちをとらえる)
親睦期(3~4 才)
我々が入手する馬の年令は一般的にだいたい2才半から3才前後、または 4 才前後でしょう。日本国内においては、若馬が牧場から育成場または競馬場に入るのはだいたい2才から2才半ぐらいです。
牧場時代は若馬にとって他の馬たちとの第一の社会生活を体験します。この時期に若馬は良い環境のもとでのびのびと育つことがとても大切です。良い環境とは良い土壌と広さであり、それは良い牧草の源であり、十分な運動(基礎的体力の養成)が可能であるということです。そして、良い厩舎および飼養菅理のもとで安全で健康的な馬に育つことができます。それによって馬の取り扱い(手入れや引き馬や馬装など)がし易くなります。このことがその後の馬の成長においてとても大きな影響を与えます。。
このようにして牧場で健康的にのびのび育った馬は、その後の育成場や競馬場での管理や調教をやり易くさせます。若馬時代の管理はとても重要であり、この時期の管理が大きく将来に影響を与えます。なぜなら、若馬時代に経験した記憶はかなり長い間、その馬の脳裏に焼き付いているものだからです。特にいやな記憶は長期間残っているものです。それ故、我々はその時期を大切に扱うべきなのです。
このようにして若馬は一般的に牧場から育成場または競馬場に入って来ますが、それぞれの施設で行うことは、最初は基本的な日常生活のしつけです。すなわち、牧場時代と同様の曳き馬や手入れや馬装などの順致です。もちろん初めは新しい環境に憤れていないので、2~3日から約1周間ほど馬が落ち着くまで様子をみます。馬が慣れてくると、初めあまり食べなかったエサも食べるようになり、曳き馬や手入れ時にもあまり驚かないで我々の意志を理解するようになります。このように調教に入る前に、馬が環境やエサや人問に慣れること、または馴らすことが第一に必要なことです。いわゆるステーブルマナー、これがその後の調教を進める上においてとても大切な調教のひとつです。
このようにして若馬がすべての物に慣れてきたら、初めは調馬索で運動を始めます。調馬索で両手前を静かに常歩・速歩・駈歩できれいに円運動を行うことができるようになったら鞍付け調教に入ります。
調馬索作業に入るとき、その前に無口や水勒に慣らしておくことはとても大切です。馬によっては装勒を嫌がるのもいるので、静かに慎重に行うべきです。これも牧場時代の取り扱いやその後の取り扱いによってやり易くもやりづらくもなるので、急がず丁寧にやりましょう。若馬を怖がらせないようにして行うことが、人問に対する信頼につながり、その後の取り扱いを円滑にします。
このようにして若馬が調馬索作業に慣れたら鞍付けに入りますが、場所は調馬索馬場で行う方が良いでしょう。なぜなら、初めて若馬が腹を締められたときは、全く今まで経験したことのないので、若馬にとってはかなりの圧迫感と衝撃を感じるものです。そのため若馬のとる行動としては、腹を膨らませたり、背を張ったりします。そうすると、若馬はますます腹帯をきつく感じ、馬は驚き、急に前にでたり、ハネたりします。そうすると余計苦しく感じ、ますますハネたり、走り出したりします。
初めは調馬策で馬を十分に運動して、馬が落ち着いたのを確認してから鞍付けをします。その時の注意点として、若馬に腹帯を締めるときは、十分慎重に行うことが肝心です。
一般的には初め上腹(細い幅の腹帯)に慣らします。すなわち“だるま”(綿入りのゼッケン)や乗馬用のゼッケンを付けて上腹を締めます。この時調教師(調教師 1 人と助手 1~2 名)は馬を怖がらせないように、よく馬を愛撫しながらなだめるようにして行います。馬の首や背を撫でたり、軽くたたいたりして馬の緊張感を取り除きながら馬の伏態を判断します。その後静かにゼッケンだけを馬の背に置いて、ずらしたり、外してまた置いたり、という具合に様子をみます。
もしこの動作に馬が不安を示さないようなら、静かに上腹を置き静かに締めます。ただし、初めから強く締めないように注意します。この時、強く締めると馬は驚き、前へ飛び出します。これはその後の作業に必要以上の警戒心を抱かせるもととなるのでくれぐれも注意しましょう。初めは軽く上腹が馬の背と腹に接するぐらいで、まだ金具には通しません。この動作を数回繰り返して大丈夫なようなら、金具に通し軽く締めます。この時馬は腹を少し膨らませるので慎重に行います。しかし、馬はまだ動かさないようにします。なぜなら、この時馬が動くと腹帯が十分しまっていないので、すぐゆるんでゼッケンがずれ、最悪の場合は腹帯が腹の後方にずれ大暴れする危険性があるからです。それ故、万一馬が動いても上腹とゼッケンがずれない程度まではその場に馬を立たせておくべきです。
このようにして、馬が動いても腹帯またはゼッケンがずれないように1穴ずつ慎重に腹帯を締めます。この作業が完了したらいよいよ馬を前に歩かしますが、決してまだ走らせないことです。ここが大きな関門ですが、この時静かに常歩で行進させることができたなら、かなり順調な出発と言えます。馬によっては、第1日目は停止の状態で上腹とゼッケンを軽く締めるだけで終わりとするときもあれば、常歩発進まで行うことができる場合もあります。この時期は決して先を急ぐ必要はなく、1日や2日ほど余分にこの作業をするほうがその後の作業がし易くなります。この時期を急いで失敗することのほうがむしろ危険なので、十分時問をかけて行う方が良いでしょう。
このようにして、若馬がゼッケンを上腹で締めて常歩から停止、そして再び常歩発進ができたら、静かに速歩発進をしてみます。とにかく、すべての作業中馬を驚かせないことと、決してハネさせないことが大切です。ある時には調教師ひとりのみで行うほうがやり易い場合もあれば、助手を1~2名そばで補助させる方がやり易い場合もあります。あくまでもその馬または状況によって、調教師がよく判断することが大切です。
そのほか、馬によって必要であれば作業後馬房内やパドックにおいて上腹を締めて放しておくことも可能です(2~3時間程度)。特に、上腹になかなか慣れない馬などには効果的です。但し、道具が馬房内のどこかにひっかからないように注意が必要です。
このようにして上腹とゼッケンに慣れたら、いよいよ鞍を付けます。初めは鐙を外しておきます。この時の鞍は調教鞍か、普通の乗馬鞍でよいでしょう。動作はすでに述べた通りですが、特に新しいことを行う時は必ず慎重に行いましょう。あくまでも馬にある程度納得させながら行うべきです。特に鞍はそれまでのゼッケンに比ベ、重く、アオリ革も少しバタバタするので、鞍を馬の背に置くときはドシンと置かずに、音をさせないように静かに行います。
また、初めて馬の背に鞍を置く場合(馬の左側から)、腹帯は外しておきます。鞍を置いた後、初め鞍の右側に腹帯を取り付けます。この時、必要であれば助手(経験者)に馬を持っててもらいます。その後馬の左側に戻り、静かに腹帯を締めます。この時の動作も慎重に1穴ずつ徐々に締めます。そして馬が動いても鞍がずれない程度に腹帯を締めたら、調教師は助手に静かに馬を前へ引かせます。一方調教師は後方から静かに馬を前に進めます。但し、初めは必ず常歩に発進させます。常歩への第1歩で馬は多少腹に圧迫感を感じ、そのために馬は止まるか、少し立ち上がるか、または走り出すなどの行動に出るので、真直ぐではなく、少し小さく内側に回転するようにして馬を常歩させます。たとえどのような行動に馬が出ようとも、助手は絶対に常歩に保ち、調教師は助手によく指示をしながらも馬を前へ追い出します。初めは決して馬に立ち止まられたり、または立ち上がられないように注意しましょう。このようにして馬がだんだん常歩から停止、そして再び常歩発進ができるようになったら、その日はそこで終了にするか、馬の落ち着き状態によっては速歩発進をして様子をみます。このような一貫した作業を速やかに行うことが出来ると、若馬は早く物事を覚えます。このようにして若馬が調馬索で鞍を背につけて常歩・速歩・駈歩を両手前で静かに行えるようになったら、いよいよ騎乗することができます。
初めて騎乗する人問は、経験のある比較的体重の軽い若い騎手がよいです。この時、調教師は調馬索を持って馬を誘導しますが、初め騎手は助手の補助のもとで静かに乗馬下馬を繰り返します。この時の乗馬下馬は、鞍の上に腹をのせるまでの動作でまだ全面的にはまたがりません。この乗馬下馬を何回か繰り返し行っても馬が動じないようだったら、鞍に腹をのせた状態で常歩をします。このような動作は万一馬が予期せぬ行動に移ってもすぐ下馬できます。馬を驚かせたり、怖がらせないことが大切です。このようにして常歩から停止、そして再び常歩発進を繰り返し、大丈夫だと判断したら、次に速歩に入ります。そして速歩から常歩、そして再び速歩への発進が円滑にできたなら、その日はそれで終了し、翌日再び同じ作業を行います。
このようにして、これまでの作業において馬が不安がらずに静かに行えるようになったら、いよいよ馬にまたがりますが、馬上ではまだ鞍に強く座らず、わずかに前傾姿勢をとって騎乗します。
初め若馬は背の負担を嫌うので決して騎手は鞍に座り込まないようにします。もし鞍に座り込むと、馬は背に苦痛を感じ、そのため腹を膨らませてよけい腹帯を気にして馬体を硬くし、急に飛び出したり、ハネたり、止まってしまいます。この作業は馬にとってすべて未経験なので、騎手の柔らかさとバランスが必要とされます。それ故、騎手は慎重に上手に馬を前進させます。この時後方に助手を置き静かに馬を前へ追わせます。
助手に後方から馬を追わせるのは、馬が立ち止まらないようにするためです。なぜなら、騎手はまだ自分の脚で馬を追うのは、若馬にとってまだ刺激的だからです。むしろ鞭で軽く負った方が馬は前に出やすいです。この時、決して手綱を強く引かないように注意します。若馬は手綱を引かれるとかえって前に出たり、急に止まってしまいます。あくまでも騎手の柔軟でかつ良いバランスと拳の柔らかさが必要です。この時期は軽く馬の口とのコンタクトを感じるほどの手綱の張りと、脚およびムチによる推進扶助が大切です。なぜなら、この時期はまだ若馬は人を背に乗せて真直ぐに歩くことができないからです。むしろ首を使って自分の動きのバランスを得るので、強いコンタクトや拍車を決して使用してはなりません。それよりも、ムチ(70~110cm)を上手に使いながらよく馬を前へ歩かす方が有効です。
馬にためらいがないようだったら、馬場を大きく蹄跡行進をします。そして両手前を常歩と速歩をします。初めの騎乗時問はだいたい 20~30 分位とします。このような作業を繰り返すことによって、馬が馬装にも慣れ、騎手の負重や扶助にも慣れてきたら、だんだん約 30~40 分ぐらい騎乗時間を長くしていきます。もちろん、あくまでも馬の状態に応じて判断していきます。
このようにして若馬が蹄跡行進や斜手前変換そして大きな輪乗りができるようになるまで、だいたい鞍付けから約3週間から4週間位かかります。若馬がいろんな図形騎乗ができるようになるということは、若馬がバランスを得て歩けるようになってきたということです。すなわち、トレーニングスケールの最初の歩調と緊張の緩和(柔軟性)が備わってきたということです。すべては、馬の状態、調教師の技能程度によって、その調教日数または馬の理解が決まります。
一般的には競走馬の場合、2才から2才半ぐらいには鞍付け作業に入りますが、これは競馬のシステムから早めの作業となっています。しかし乗用馬の場合、鞍付けは良いですが、本格的な騎乗は3才ぐらいからのほうが良いでしょう。なぜなら、2才半から3才ぐらいはまだ馬の成長期にあり、背もまだ弱く、化骨もしていないからです。ただ、我々が入手する馬は一般的に競走馬からの転用馬が多く、ー般の人達が入手する競走馬はすでに約4才以上の馬が多いため、そのような馬たちはすでに鞍付けおよび騎乗が済んでいるので、一般的には馬の健康状態が良ければ、その期問の作業を省略して進むことができます。
但し、一般の人達はこのような牧場時代や鞍付けの時期をあまり経験していないので、あえてこの時期の馬の調教内容を説明してみました。この時期が一番重要でかつ危険性が多いので、くれぐれも慎重に行う必要があります。人馬の事故には最大限注意を払うべきです。また、全くの健康体の馬を我々が入手することは少なく、特に競走馬からの転用馬の多くはどこか故障をしているケースが多いものです。しかし最近では、以前に較べ故障程度も軽くなり、数カ月から半年位の休養期間をみれば騎乗可能な馬が多くなってきています。もちろんすぐ騎乗できるのもいれば、1年以上も休養させなければならない馬も中にはいます。いずれにしても、よく馬の故障程度を判断し、できることなら乗用馬に適した性格と体型と機能を備えた、無故障または故障程度の少ない馬を選択する方が望ましいです。その方が経済的であり、確実性があります。馬の選択は馬の調教における第一歩です。
一方、国内では岩手県の遠野や北海道の釧路では中間種の生産もしています。中間種というのはサラブレッドではなく、ヨーロッパからの輸入馬を種馬として、同じヨーロッパの馬や国内の馬にかけ合わせた馬のことです。この馬たちは「日本スポーツホース種」とか「日本乗軽種」、または「雑交種」という種類に分類されています。いずれにしても若馬の最初の鞍付けや初期調教の予備知識を持って調教にあたることが、その後の乗馬の調教にとても大切なことです。